2017年9月30日土曜日

映画「辺野古ゲート前の人びと」ただ今編集中!

“辺野古は今、どうなっているのか?”

藤本幸久・影山あさ子共同監督作品/90分/2017年10月末完成予定
記録映画 『辺野古ゲート前の人びと』
製作にご協力をお願いします。

「辺野古ゲート前の人びと」共同監督
 藤本幸久 影山あさ子

沖縄、キャンプシュワブ・ゲート前。朝7時、今日も一日が始まる。工事用ゲート前にブロックを並べ、板を置き、座り込みのベンチをつくる。アンプとスピーカーを準備する。7時半を過ぎると三々五々、人びとがやってきて米軍車両や出勤する作業員への抗議を始める。8時になるとゲート前の集会が始まる。8時半過ぎ、機動隊の部隊がやってきて、座り込む人たちの排除を始める。声を上げ、非暴力で、全身で抵抗する人びと。一人ひとり、ごぼう抜きにされ、歩道に作られた仮設留置所に閉じ込められる。20~30分かかって人びとの排除が終わると、工事用ゲートが開けられ、資材を満載したダンプやトラックの車列がゲートから入ってゆく。車列が入り終わっても、仮設留置所に閉じ込められた人たちは解放されない。資材を下したダンプやトラックが出終わるまで一時間近く機動隊に囲まれ、炎天下に立たされる。このような搬入が、日に3回、4回と夕方まで続く。

辺野古ゲート前は、いろんな人がやってくる。沖縄戦で肉親を失った人、間近で米軍機の墜落事故を体験した人、基地労働者として働いてきた人・・・集会では、基地との同居を強いられる沖縄県民の痛みが、肉声で語られる。県警機動隊員にも「オジィ、オバァが生き残ったから、あなたたちがいるんだよ」と語りかける。「基地ができたら戦争が来る」ことを知る人たちの共通する願いは、「子供や孫に、同じ体験をさせたくない」ということ。次の排除が始まるまでの間、三線や替え歌、踊りが厳しい時間の中に、心安らぐひと時を生み出す。

2014年7月から始まった辺野古ゲート前の座り込み。8月19日で1140日目となった。
国は抵抗をつぶそうと様々な弾圧を加えてきた。現場のリーダー・山城博治さんは、昨年10月に逮捕され、5か月余の長期拘留の末、今、刑事被告人として法廷に立たされている。山城さんの他にも3名が長期拘留の末、起訴された。
ゲート前での県警の暴力や弾圧もエスカレートしている。資材を運ぶダンプの前に立っただけで、地面に押し倒され、女性たちが手錠をかけられ、逮捕されている。しかし、女性たちは、釈放されると翌日から現場に戻り、今も座り込みを続けている。
東京から来た女性が県警機動隊に突き飛ばされ、頭蓋骨骨折、脳挫傷という重傷を負う事件も起きた。

2016年12月、埋め立て承認取り消しを巡る国との裁判は、最高裁で沖縄県が敗訴した。しかし、辺野古新基地建設阻止を県政の最大の課題とする翁長知事は、7月24日、国に対して新たな裁判を提起した。県の岩礁破砕許可を受けずに工事を進めるのは違法だと、工事の差し止めを求める裁判だ。
辺野古はいよいよ、新基地建設を止めることができるのかどうかを決する局面に入っている。翁長県知事は、あらゆる手法を駆使して、新基地建設を止めるという構えを崩してはいないが、あらゆる権力をつかって国は抵抗を押さえつけ、工事をすすめようとしている。

鍵を握るのは、辺野古ゲート前の人びとだ。
護岸を作るために海に投入されている石材は、すべて工事用ゲートから運び込まれている。200人、300人の人びとが座り込むと工事用資材の搬入は止まってきた。

ゲート前の人びとは屈しない人たちだ。
山城博治さんたちが拘留されている間も、毎日、裁判所前で声を上げ、2月には規制を越えて300人が裁判所の前庭に入り、「博治を返せ」と迫った。300人の体を張った行動が、裁判が終わるまで釈放されないと言われていた3人を釈放させた。

ゲート前の人々は、ごく普通の沖縄の人びとだ。それは同時に、沖縄の戦中・戦後を背負い、生き抜いてきた人びとでもある。
「私たちに会いに来て。私たちと一緒に座ろう」と今日もゲートで呼びかけている。
『辺野古ゲート前の人びと』は2017年10月末完成予定で、現在、編集中です。11月初旬には、ご協力いただいた方々に上映権付DVDをお届けいします。
以下の通り、製作へのご協力を心よりお願いいたします。

2017年8月20日


 チラシは、こちら

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